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駿台甲府高等学校同窓会医師による医療情報ドクターリレーvol.69

18回生(2000年3月駿高卒)の古屋直樹と申します。私は駿中2期生のとして入学し、6年間、駿台甲府中高で学ばせていただきました。実家のある塩山駅から甲府駅まで毎日電車通学していた日々が懐かしく思い出されます。駿高3年時の成績は、理系クラスで中の上といった感じで、決して医学部に現役合格できる学力があったわけではありませんでしたが、運よく聖マリアンナ医科大学の指定校推薦を頂き、奇跡的に現役で医学部進学できました。この記事を見ていくださっているOB/OGの方々、お世話になった教職員の方々に改めて感謝しつつ、医学部を目指して日々勉強している現役の駿中高生へのエールを含めて記事を書かせていただこうと思います。
 駿中時代はバスケ部の控え選手、高校時代は1年間ワンダーフォーゲル部、その後は帰宅部、中高ともに彼女無し、特に目立つタイプでもなく、客観的にみれば面白味の無い中高生活かもしれません。しかし、自分の人生の主人公である私の視点で見れば、駿中高で過ごした6年間の青春はかけがえのない時間であり、美しい甲府盆地で過ごした日々は、いまでも私の中ではキラキラと輝き続けています。特に駿中時代は、今から考えるとハチャメチャな同級生たちと、日々様々な悪行・愚行をして、先生方を困らせていたと思います。自分が42歳になり、現在は大学の教員になってみて、改めて駿台の先生方の寛大かつ温かな教育的御配慮に感服しています。
 私の出身大学であり、現在も勤務している聖マリアンナ医科大学は、人口150万人都市の神奈川県川崎市に位置しており、高度医療機関・大学病院と地域医療の両者を担っています。私は大学卒業後も一貫して母校の聖マリアンナ医科大学病院で研鑽を積んできました。肺疾患を取り扱う呼吸器内科医として、肺がんの診断と治療を専門としています。2020年4月にはコロナ診療の最前線で隔離病棟でも診療していました。

コロナ患者専用の隔離病棟で診療(2020年4月当時)

近況報告としては、COVID-19ワクチン接種直後のコロナ禍、2022年4月~2023年3月までの2年間、アメリカのオハイオ州立大学に研究留学もさせて頂きました。COVID-19パンデミック後のアメリカ留学でしたので、ビザの取得や渡米後の生活セットアップなど大変なことも沢山ありましたが、今となってはそれも良い思い出です。

オハイオ州立大学では肺がんの基礎研究に没頭

留学中の成果をSITC(国際癌免疫学会)で発表しYoung Investigator Award (若手研究者に対する優秀演題賞)を受賞!

留学中には私の長年の夢でもあった、米国プロバスケットボールNBAの試合観戦もでき、八村塁選手や渡邊雄太選手の試合を見ては、彼らに『日本の田舎で育ち、アメリカで勝負している』自分を投影しながら応援していました(レベルは全然違いますが(笑))。

留学中は大好きなNBA観戦を満喫

さて最後に、今まさに駿中高で医学部を目指している後輩の皆様に、大学病院で勤務する医師として、そして駿中高先輩として、激励とともにアドバイスを送りたいと思います。受験勉強の際は、皆様は様々な場面で志望校を記載することがあると思いますし、実際の受験でも第一志望以外にも複数校の受験をされると思います。これは、私の個人的な意見ですが、もし第一志望に受からなかったとしても、現役や1浪で医学部に合格するチャンスがあるのであれば、1年でも早く医学部に進学して、1年でも早く医師になった方が良いという事です。私は幸いにも駿高から指定校推薦を頂くことができ、現役で医学部に進学できました。医師になってからのキャリア形成において、年齢的に早く医師になった方が、学位取得(大学院に進学し医学博士号を取得)や留学などの選択肢も広がると思います。
実際に私は39歳で留学しましたが、もし2浪していたなら、41歳で留学しようとは思わなかったかもしれません。医師になってから様々な大学の先生方と大学受験について雑談してみる機会がありましたが、多くの医師は第一志望でない医学部に進学していることが分かります。しかし医学部で6年間過ごしてみると、それなりに母校への愛着も湧きますし、自分を医師になるまで教育してくれた母校への感謝の気持ちも自然と生まれてくるものです。今の時代、出身大学による学閥により医師キャリアが制限される事などほとんどありません。極端な話、留学していた際にアメリカ人が、私がどこの大学出身かなんて気にしている人は皆無でしたよ(笑)。

今回は、駿高同窓会HPへの寄稿機会を頂きありがとうございました。駿高卒後24年、医師になって18年経った今、改めて自分の根幹にあったのは、やはり“Challenging Spirits”であることを自覚できました。今後も駿高出身の医師仲間が増え、このドクターリレーが永遠に続くことを楽しみにしてます!

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